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2010年10月12日(Tue) 【人三化七 さん.303】 轟音を立てて、鉄製のドアが吹き飛びます。浦戸さんがにこにこと笑顔を崩すことなく「嗚呼、またですか。粗暴な方が隣人だと困りますね」なんて余裕綽々に言う辺りは彼本来の性質なのか、それとも慣れなのか考えるのはとりあえずやめにしたいと思いました。頭にドアの破片当たったし。 数十分前。 「あれ、203はいいんですか？」 人、住んでらっしゃるんじゃ……と言った僕に、木乃さんは悲しげな顔、というか眼（しかし唯一見えている部位ですので最早顔と言っても差し支えはないと思うのですが）をして「そこの方は長らく部屋に帰ってないんですよ」と仰り、僕は自分の浅はかさを呪いました。呪いついでに、こんにちは。神 知克です。名字は「じん」と読みますが、風神雷神の神、と言うのも嫌なので、基本的に神風連の神、といってはキョトンとされます。キョトン、で思い出しましたがとても童顔です。一応18という結婚の許される歳ではあるのですが、生まれてこの方女性から「犬みたい」「かわいい」「食べちゃいたい」以外の評価をいただいたことが無いため、そういった自覚も認知も無いままに甘んじて運賃詐欺を繰り返すだけの極平凡な新大学生です。 まあそんな至極個人的な事情はどうでもいいとして、問題はこのアパートの住人に引っ越し蕎麦をお渡しせねばならないという任務を、未だ数％しか遂行出来ていないという現状。そして次々と目の前に現れるであろう木乃さん曰く「まともじゃない」への心の持ちようです。一応心配した木乃さんが「気休めにしかならないかもしれないけど」と言って同伴して下さったのですが、気休めにもなりません。いつ捕って喰われるか心配で。 引っ越し蕎麦の半分を持った木乃さんと共にミシミシと嫌な音を立てる階段を昇る度、見た目に負けず劣らずの小さなハートがバクバクいいます。節電か節約か、灯りの点かない階段はどこか異空間のようで、隣を歩く木乃さんの全身包帯、GパンにYシャツ、紫の半纏というこの僕でもせめて人並みには存在する季節感を麻痺させるような格好が明らかにそれを助長していました。のみならず、それは同時に彼の言う「まともじゃない人」への一抹の期待（まともじゃない人のまともはまともじゃない理論より）と漲る不安（そんな木乃さんも内面は普通説より）をも両立させる万能性を兼ね備えた、まさに神業であると思うのです。つまり何が言いたいのかというと、このアパートこわい。 しかし僕だって腐っても縮んでも中身は大学生です。こんな所で怖じ気づいていては先が思いやられます。草場の陰で見守る顔も覚えていないお祖父様が泣いてしまいます。泣きたいのは僕なのに。 そんなわけで、僕は意を決し、木乃さんの腕に掴まりながら僅か13段の階段を昇り終えたわけです。あ、いえ、決して縋ったわけではありません。彼の動きを制限するためでして。 「とりあえず、順番に回りますか？」 302の人はあまりお勧め出来ないし、と言って木乃さんが指差したのは303のドアです。僕の部屋と変わらない、鉄製の無機質なデザインのドアです。ただ１つ違うとすれば、上から下までボッコボコのベッコベコに変形しているところくらいでしょうか。木乃さんは何を持ってして「お勧め」「お勧めじゃない」を区別しているのでしょうか。と、考えている内に木乃さんがチャイムを押してしまいました。案外強引な方のようです。 「あ、ドアの前立ってると危ないですよ」 という木乃さんの言葉が聞こえたか聞こえないかという刹那のタイミングで、僕の鼻先を勢いよく開け放たれたドアが掠めます。風圧と勢いと緊張の糸がぷっつんするのが同時で、僕は引っ越し蕎麦の半分を持ったままその場に座り込んでしまいます。 「浦戸っ!!」 テメェどんだけ人を待たせりゃ気が済むんだっ!!と、開け放たれたドアの中から出て来た方は座り込んだ僕の胸ぐらを掴み、勢い良く持ち上げます。これまで見たこともない視点に喜びたい気持ちも山々ですが、正直意識がそれよりも高みへ昇りそうです。 「漆原くん、伏せ」 そんな僕を救ったのは木乃さんののほほんとした声で。その声と共に突然僕の身体は多少ならぬ衝撃と共に元の視点を取り戻しました。 「はい、お手」 視界に捉えられたのは、木乃さんが先程僕を吊し上げた方に右手を差し出す様子。それに対し先程の方が「伏せからお手とかやりにきぃだろうが馬鹿かテメェ」と的外れな文句を言いながら従う様で。 「紹介します。彼が303の住人、漆原 狽斗くんです。で、彼が201に新しく入った神 知克くん」 「オウ、よろしくな」 なんて筋肉隆々の上半身をさらけ出しながら先程の流れなど無かったかのように爽やかに挨拶をする短パンの青年。その黒い短髪の隙間からフサフサのお耳がピコピコと動いて見えるのは何故なのでしょうか。 00:34 ｺﾒﾝﾄ(0)/ﾄﾗﾊﾞ(0) [ｺﾒﾝﾄを書く] 重要なお知らせ@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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